生きている世界の境界線 / by Alessandro Melini

よくあるシチュエーション。顔の前でスマホを持って面白いイベントやシチュエーションを写したり、3次元的なコンサートやライブイベントを小さいスクリーンで見ながら録画する。これは意識的な判断で、瞬間の純粋さとライブ感を味わうよりもその瞬間を記録する。これはフォトグラファーならよく理解できる選択だ。

確かにフォトグラファーは生きている世界と写真を撮る世界の間の細い線を歩いてバランスを取っている。
私たちは撮る写真の中で写されている人たちのやっていることには積極的に参加しないし、受身の観客でもない。
私が良く知っている2つの世界の間にあるユニークで安心感がある場所。
自分がやりたいことをやるためにこの瞬間を生きるよりも「photographic moment」に集中して生きる必要がある。だから、ときにさみしい趣味となる。

これについて考えさせられたのは最近監督と主演のベン・スティラーが出ている映画「LIFE!」を観たから(ライフ、原題: The Secret Life of Walter Mitty)。この映画の中で、ファインダーを通さずに実際の瞬間を体験して、カメラを下に置くという考え方に対するシーンがある。ユキヒョウの写真を撮るために数時間待ったショーン・ペン演じるプロカメラマンが、ようやくフレームにユキヒョウが現れた時に、ベン・スティラーからの当然の質問が。。。

「いつシャッターを押すの?」

その質問に対してショーンの答えは「時には押さない。もしその一瞬が気に入ったら、カメラは邪魔に感じるから、その瞬間を生きたほうがいいと思う」

「本当に?写真撮らなかったの?」

それは心揺さぶられる感情だ。映画を見ている一般の人は、その場面を楽しんで観ることができるけれど、私はこのシーンを見て現実に戻ってしまった。全く現実的ではないと思って。フォトグラファーなら絶対にその大事な写真を撮っただろうから。まー、私はひねくれ者かもしれない。
撮影していない時だって人生のいい経験をすることができるけど、私は世界を目で見るよりも、カメラで瞬間を記録するのが好きなんだ。 毎回。
私のフォトグラフィーのキャリアの中では時々安全やプライバシーを守る等のためにカメラを下したことはある。ただし、目の前に素晴らしいシーンが現れると、上手く撮れないこともあるかもしれないがいつもシャッターを切ってみる。もし、カメラを持っていない時にそんな場面に出くわしたら私は顔をそむける。そして、その時々を楽しむためにカメラを下すことはない。(だから私はどこ行ってもいつもカメラを提げている)
フォトグラフィーは大きな傘のようだと感じている。ここでは一般的な話をしているのだが、多分フォトグラファーであるから、「今」を精一杯生きることとシャッターチャンスを逃がすことができない境界線に立っているのだと思う。
私は実際に人見知りで、世界の素敵な場所へ連れて行ってくれる相棒のカメラに毎日感謝している。未練はない。それが私だから。

Steve Simonのブログ記事「Missing The Moment And Capturing It At The Same Time」の意訳
http://www.thepassionatephotographer.com/opinion-missing-moment-capturing-time-no-regrets/